Column

コラム

「S」を問う時代に

2018年05月16日   
IRウォッチャー 埼玉学園大学大学院客員教授 米山徹幸

全米IR協会(NIRI)の年次大会が来月10日からラスベガスで開催される。今年の大会テーマは「何が間近に迫っているか?」だ。


「何が間近に迫っているか?」と聞けば「ブロックチェーン」や「暗号通貨」が思い浮かぶかもしれない。しかし、米国のIR関係者の関心は、むしろESGにある。ESGとは環境(E)、社会(S)、ガバナンス(G)のことだ。中でも、とくに社会(S)に関連する3つ動きが、各社のIR担当者に、かつてない本格的な対応を迫っている。


まず、直近の米企業の株主総会で、社会(S)に関連する株主提案が急増している動向だ。
米株主議決権行使助言大手ISSグループのISSアナリティカによれば(2018年3月時点で)、今年の株主総会での株主提案の74%が環境(E)と社会(S)に関連した内容で、5年前のほぼ2倍近い増加だったという。とりわけ、社会(S)関連の提案は2017年に25%も増加し、株主提案では頻出度の最も高いテーマの1つとなったのだ。


具体的には「役員会での多様性」「性別による報酬格差」「人種差別」などの問題に集中している。業種では、銃製造企業や薬品企業に向けられたものが目立ったという。議決権行使の判断プロセスにESGを重視する株主や投資家は各社のIR担当者に自社の方針や実態について説明を迫る。


次は、2015年に細則が制定された米証券取引委員会(SEC)の「ペイ・レシオ(経営者報酬と従業員の賃金の倍率)開示」規則が2017年以降の事業年度から適用となり、2018年に入り、本格的な開示が始まったことだ。これは、従業員の報酬の中央値に対するCEO(最高経営責任者)の報酬の比率の開示を求めるもので、その比率が高いとなれば、従業員や投資家からの反応に対するIR担当者の懸念が高まる。これも社会(S)関連だ。


先ごろ日本経済新聞に「米調査会社エクイラーによると、これまで1960社がペイ・レシオを公表。その中央値は65倍」(5月13日付け)という記事が載った。例えば「フェイスブックの給与中間値は約2600万円。創業者マーク・ザッカーバーグ氏が9億6000万円と高報酬でも、倍率は40倍以内に収まる」(同)という。当然、自社の倍率について、納得のいく説明をIR担当者は行うことになる。


3番目は、2018年1月12日、米資産運用大手ブラックロックのラリー・フィンク会長兼CEOが投資先の企業に送った年次レターである。そこには「長期にわたって繁栄を続けるためには、企業は財務業績を上げるだけでなく、(本業を通じて)社会に貢献していることを示さなければならない」とあった。各社に社会的な目標(企業理念)の実現に努めるよう公(おおやけ)に求め、社会(S)の問題に真正面から切り込んだのだ。


これは、投資先の各社に、社会的要因が自社の収益に与える影響を視野に入れつつ、当面の短期的な利益や業務よりも、会社全体の利益と広範な社会の長期的な企業理念から、業務の優先順位を判断するよう求めるものだ。そして、「企業による従業員の能力開発や生活水準向上への積極的な投資を重視する」としたのだ。


ブラックロックの運用資産は6兆ドルを上回り(昨年末時点)、その規模は世界最大級、日本のGDP(国内総生産)より大きい。日本でも日立製先所や三菱ケミカルホールディングスなど20兆円を超す日本株を保有している。この年次レターは、投資先の各社の対応を問いことになる。各社のIR関係者にざわめきが広がった。


そんなIR現場の対応は、①本業を通じて社会(S)に貢献する自社の「社会的な目的」(企業理念)を見据え、②自社の長期的な計画と社会的影響を明確にする、の2点を軸に始まることになる(米IR関係者)という。もちろん、ESGの社会(S)に関するメッセージは、お題目でなく、自社の行動の実績に基づく内容で説得力を得るのは言うまでもない。

そんな例を、NIRIの機関誌「IR UPDATE」(2018年5/6月号)は、ウォルマートなら銃器販売で設けた制限、CVS(小売り)は薬物処分プログラムと鎮痛剤の処方に対する厳しい規制、セールスフォース(IT大手)なら、ジェンダーと人種間の給与格差のモニターによる格差解消の積極的な取り組みなど」を紹介している。


3月上旬、約400社の日本企業にラリー・フィンク会長兼CEOの年次レター(日本語版)が届けられた。ESGの社会(S)という課題が「間近に迫っている」のだ。この先、各社の決算説明会や株主総会などでの社会(S)の取扱いに、内外の株主・投資家の注目が集まる。


Profileライタープロフィール

米山 徹幸(よねやま てつゆき)

IRウォッチャー・埼玉学園大学大学院客員教授、全米IR協会(NIRI)会員

「大和証券(国際部)に入社し、ロンドンやパリでの勤務後、大和IRに転じ、2009年大和総研・経営戦略研究所客員研究員。2010年埼玉学園大学大学院教授、2017年より現職。主な著書に「大買収時代の企業情報」(朝日新聞社)、「21世紀の企業情報」 (社会評論社)、「イチから知る!IR実学」(日刊工業新聞社)など。

本件に関する
お問い合わせ先

〒102-0075
東京都千代田区三番町6-17
株式会社ビデオリサーチインタラクティブ

電話:03-5226-3283
FAX:03-5226-3289
メールアドレス: info@videoi.co.jp

Contact

お問い合わせ・お申し込み

サービスのお申込みやご質問、
ご利用料金などについては、
こちらからお気軽にお問い合わせください。

お問い合わせフォーム